バルバザンジュ・ギャラリーでのコンサートである実験的な演奏が行われました。そのコンセプトは人から"意識的に聴かれることのない音楽"というものでした。
コンサートのプログラムには「休憩時に演奏される音楽をどうぞ聴いてくれませんように……くれぐれも」といった内容の注意書きが添えられていました。
しかし、その思いとは裏腹に音楽がはじまると聴衆は自分の席に着き会話をやめて曲に耳を傾け始めました。
"意識的に聴かれることのない音楽"という実験は失敗に終わりましたが、音楽を環境の一部として捉える新しい方向性を示唆した最初の出来事となりました。
"Roxy Music (ロキシー・ミュージック)"でシンセサイザー奏者として参加していた"Brian Eno(ブライアン・イーノ)"は、ヴィジュアル的に目立ち、当時のメディアなどではリーダーとして見なされてることが多かったイーノに対して、バンドのヴォーカリスト"Bryan Ferry (ブライアン・フェリー)"の"グループに二人のブライアンはいらない、ノン・ミュージシャンが二人いてはいけない"との理由により解雇同然の扱いで脱退、その後ソロ活動を進める中、人に認められる為にいかに音楽で人にショックを与えるといった、それ故闘争的であり煽動的でもある表現を卒業してその音が全く認められなくても構わない控えめな表現へと魅かれていきます。
1975年"Obscure(オブスキュア)(曖昧な)"と名づけられた実験音楽の普及を目的としたレーベルを設立。
イーノのソロ3作目である"Another Green World(アナザー・グリーン・ワールド)" ('75)と同年、同レーベルから3作目となる
"Discreet Music(ディスクリート・ミュージック)"を発表します。(録音時期はアナザー・グリーン・ワールドより早いが、発売は後。)
"私は聞くこともできるが、おそらく無視することもまた容易い音楽を作ろうとしていたのだろう。
ちょうど「夕食時のナイフやフォークの音と混じる」ことのできる音楽を作りたいと考えていたサティと同じ精神で。"
イーノのこの様な発言にもあるように、通常好んで音楽を聴く場合、周囲の音よりボリュームを上げて耳を傾けるものですが、この曲によってイーノは、自分を取り囲む(=Ambient)環境或いは空間の音の為に響く控えめな(=Discreet)音楽、つまり"Ambient Music(アンビエント・ミュージック)"という音楽思想を創生します。
イーノによるアンビエントといえる表現は、"King Crimson(キング・クリムゾン)"の中心人物"Robert Fripp(ロバート・フリップ)"との初コラボレーション作"No Pussyfooting"('73)、続く2nd"Evening Star"('75)に於いても既に垣間見る事ができますが、明確な意識変化が起きたのはロキシー・ミュージックのギタリスト"Phil Manzanera(フィル・マンザネラ)"のファースト・ソロ"Diamond Head"('75)参加後、交通事故に合い、殆ど身動きの出来ない状態でベットに寝ていなくてはならなかった際に起きた次の様な出来事が転機となったようです。
"ある日、友人のジュディ・ナイロンが18世紀のハープの曲をおさめたレコードをもって見舞いに来てくれた。
彼女が帰った後で、私はかなり苦労してレコードをかけた。横になってから、アンプが非常に低いレヴェルでセットされていて、
ステレオの一方のチャンネルからは全然音がでないのに気が付いたのだが、起きあがって直すなんていう元気も無かった為、
レコードはほとんど聞こえないような音でプレイされた。
この事が私に音楽の新しい聴き方を教えてくれた。それは光の色や雨の音が環境の一部である様に、
音楽も周囲の環境の一部として聴くことだった。私がこの作品を比較的小さな音で、
しばしば聴覚の限界を下回るくらいの小さな音で聞くように薦めるのは、この様な理由からです。"
"意識する事も、無視する事も容易い音楽"をコンセプトにリリースされたアンビエント宣言ともとれるこのアルバムの表題曲でもある30分以上にも及ぶ大作"Discreet Music"は、シンセサイザーで創生された異なった長さをもつ単純なメロディを数種のパターンで流し、時折グラフィック・イコライザーによってその音色を変化させ、イーノが1964年テープレコーダーの可能性に気づき始めて以来実験を重ねてきたディレイを掛けるといった、偶発的な音の生成つまりイーノが提唱する"音楽の自己生成"が体言されています。
またこのアルバムには、ギャヴィン・ブライアーズ指揮による有名な"パッヘルベルのカノン"を原型とする3つの変奏も収録されています。
詳しくはアルバム裏にシステムと解説が載せられていますが一番有名なフレーズは使われず、ディレイを掛けながら自動生成された音が重なり合わせては消える"音楽の自己生成"がやはり
展開されています。
"環境の一要素としての音楽"というイーノが提唱したアンビエントというディスクリート・ミュージックは、"Ambient #1 Music For Airports(アンビエント1/ミュージック・フォー・エアポーツ)"('78)以降
アンビエント・シリーズとして新たな音楽理論を確立します。
"Microsoft(マイクロソフト)"より"人を鼓舞し、世界中の人に愛され、明るく斬新で、感情を揺さぶられ、情熱をかきたてられるような曲。ただし、長さは3秒コンマ25"といった依頼を受け、
"Windows 95"の起動音"The Microsoft Sound"を製作したといったエピソードも、アンビエント・ミュージックの先駆者として相応しいものでしょう。
自らを"ノン・ミュージシャン"と語るブライアン・イーノのこの様な表現スタイルは、
エリック・サティの以下の名言に繋がるものかもしれません。
"偉大な芸術家は常にアマチュアである。"

























